細胞構造分野においては細胞の蛋白分泌や極性の形成・維持に重要な極性輸送のメカニズムの解明を目指して、以下のテーマで研究を進めております。
ノックアウトマウスを用いた、細胞の極性輸送のメカニズムの研究
細胞の極性輸送とは?
細胞の極性は細胞の機能に重要な役割を果たしている。上皮細胞は頂端側(apical)、側底側(basolateral)という極性を持つことで、分泌などの機能を果たすことができる。同様に神経細胞も軸索、樹状突起という極性のある構造をとることが神経伝達にとって必須である。
このような極性を持つ細胞においては、色々な蛋白が、方向性のある輸送(極性輸送)によって目的地に運ばれてその役割を果たしている。この極性輸送は、
a. ゴルジ装置における輸送小胞への蛋白の分配、濃縮
b. 輸送小胞の目的地への輸送
c. 輸送小胞の細胞膜への繋留、融合
とで成り立っていると考えられている。
細胞の極性輸送のメカニズムを解明するには?
当研究室では、蛋白質の分配や輸送に重要な役割をしていると考えられる蛋白の遺伝子(SNARE蛋白、rab蛋白等)のノックアウトマウスを作成中である。そして作成したマウスを様々な細胞生物学的解析法(共焦点レーザー顕微鏡、電子顕微鏡を用いた形態観察、上皮・神経細胞の単離培養、アデノウイルスベクター等による外来遺伝子の細胞への導入、GFP融合蛋白を用いた生細胞における蛋白輸送の解析等)を用い、遺伝子改変マウス個体・細胞において、極性輸送にどの様な変化が生じるのか、解析を行っている。
更に、このような既存分子の解析だけでなく、細胞の極性輸送に重要な新規分子の同定も行っている。
rab8 ノックアウトマウスの解析で解明されたこと
rab8 は小腸の吸収上皮細胞に多く発現し、basolateral への蛋白の輸送に必要と考えられていたタンパク質である。rab8 を欠損するマウスを作製し解析を行ったところ、マウスは生後3~4週間経つと、栄養失調で死亡した。この小腸の細胞では apical に分布する酵素などが細胞内に蓄積することが判明した。rab8 ノックアウトマウスの小腸における栄養の吸収速度を測ったところ、栄養の吸収が殆ど見られなかった。
これらの症状は、微絨毛萎縮症(小腸から栄養が吸収できない病気のひとつ)の患者さんの症状と非常に良く似ているため、微絨毛萎縮症の患者さんの小腸で rab8 の量を調べたところ、大幅に減少していることが分った。
この研究により、腸における栄養吸収のメカニズムの基盤を解明すると共に、腸からの栄養吸収が低下する病気のモデルマウスを作製することが出来た。このことは将来的にヒトのこの病気の診断治療に結びつく可能性があると共に、栄養吸収を抑える薬剤のターゲットとなる可能性を示した。
なお、この成果は2007年7月に Nature 誌に掲載された。
ヒトの痴呆症を再現するモデルマウスの作成、解析と治療への応用
アルツハイマー病でみられる痴呆症状や病理変化をおこす、FTDP17 と呼ばれるヒトの遺伝性痴呆症が、微小管関連蛋白の一つであるタウ蛋白のアミノ酸置換やスプライシングの異常をおこす突然変異によって生じることが明らかにされた。そこで我々はこれらの突然変異をもつヒトのタウ cDNA をマウスのタウ遺伝子座に導入し、そのマウスでヒトと同様の症状や病理変化をおこすかどうか解析している。もしヒトの症状、病理が再現できれば、FTDP17 やアルツハイマー病の発症メカニズムの解明や治療法の開発に大変有効と考えられる。
